優しさ12mg

疲れたら立ち止まろう。

優しさ12mg

最強の母ちゃんの、家族愛の話。

スポンサードリンク

ホンジャラゲ〜。

これはピノキオピーの曲のネタです。

 

パクりです!!!

 

今日の家族愛の話

今日は夫さんと一日デートをした。

というか、夫さんが「計画休業だし、先週友人と行ったカフェがよかったから一緒に行こうよ」と誘ってくれて、それに私が「そういえば本屋が」「そういえばお義母さんからお使いが」とアレコレ言ってたら気づくと1日がかりの楽しいデートになった! という流れになった感じ。

昨日は激烈に調子が悪くて、夫さんに大層心配をかけてしまった。このブログを読んでいる人も冷や冷やさせたかも知れない。11時間寝たら無事復活しました。

ほんっとう、毎度毎度申し訳ない……睡眠、大事。

今日行ったアラハビーチの写真を貼っとくね。

 

f:id:akemi_12mg:20200604222257j:image

 

ただ、昔よりも不調時の心の抉り方が浅くなったというか、いい感じに自分でストップかけられるようになったなぁ…という成長は感じております。

お陰で不調が数日、1週間と続くというような事態は起こらなくなったと自負している。これがあれやな、不幸中の幸いやな。多分。

 

そんな夫さんのお陰もあって復活できた1日であったんだけど、帰ってからお義母さんも交えて家族でお話をした。

お話いうても家族会議とかそういうことではなく雑談なんだけどね。

先日亡くなった黒猫のミミちゃんの話をして、死生観の話題になって。

本当に守りたいものというか、守りたい幸せっていうのかなぁ、そういうのがあったら明日死んでも後悔無いように命がけで生きるものなんだよという話をお義母さんから聞いた。

だから、子供ができたら親は命がけで守るものだし、私もそうして生きて来た。とな。

なんかその話を聞きながら実家の母ちゃんを思い出しちゃったよ私氏。

 

実家の母ちゃんは粘膜がん、膠原病から始まり、結核に侵され、今はSLE(全身性エリテマトーデス)という難病を抱えて生きてるんだけどね。それこそ薬を一回飲み忘れただけで死ぬレベルの病気と生きてるのね。薬一回飲み忘れただけで死ぬというのは比喩ではない。

そんな母ちゃんは何度か危篤になって病院に運ばれた。

私が思春期に一番話をしたい時にも入院していて、その時期に私は病んでリストカットを覚えてしまったりもした。この件をどう記憶の中で処理すればいいんだろうというのは未だにわからなかったりする。母は悪くないというのは当時からわかっていた。

でも私は母が悪いとは思ったことは無いけれど、母がどんなに大変な思いをして私たちをここまで育てて来たのかは正直全く言っていいほどわかっていなかった。

薬を一回飲み忘れただけで死ぬ、というのも当時から聞かされていたけれど、もはやどこかでそれが当たり前になっていて、それがどれだけ大変なことなのか私は理解していなかった。

家の母は一歩間違えると死ぬのである。

そういう身体で生きながら、子育てをしてパートで働いてここまでやって来たのだ。

なんかその凄さが今日、お義母さんと夫さんと話していて初めてほんの少しわかった気がする。具体的にどういう台詞を受けて、とかは無いけど深まった感じがする。

 

しかし死ぬってどういうことか、と問われるとイマイチ実感が湧かない。

生きていられなくなる。

無くなる。

いなくなる。

 

もう会えなくなる。

 

私が高校生の時、母は危篤状態になって病院に運ばれた。私はアルバイトに行っていた。帰ったら母が病院に行ったと聞かされて、「大変なことが起っている」と思ったが、どこかで「今回も大丈夫だろう」と思っていた。

その頃母は大変な施術を受けて、医療従事者の方々は必死で母を生かそうとしていた。

そんな中母は何を思っていたか。

「子供たちを残して死ぬわけにはいかない」だ。

この一念で危篤を乗り越えて帰って来たと、あとで聞かされた。

その時、親の愛に慣れきった私は、「そっか、すごいな」くらいしか思わなかった。

私の「今回も大丈夫だろう」を叶えるために、母がどれほどの苦痛を潜り抜けてきたかも知らずに、だ。今思うと愚かだなぁ。

 

今、そのことを思うと涙が出そうになる。

この世のどこに、ここまで私のことを愛してくれている人がいるだろうか。命をかけて育てたとは本当にこのことで、母があの時内心で諦めていたら命はなかったのだ。

母は、思いの強さは人を生かしも殺しもするということも体現した。

 

ここ数年読んでいる読者の方ならわかると思うけど、私はだいぶ母親を邪険にして来たし、だいぶ反抗心が強く、母の愛の大きさを疎ましく思い、それを当たり前と思っていた。

だが、今嫁いで離れたところで一人毎日せかせか家事をしたり、その中で母と電話をしたりすると、本当にこの人はすごいことを成して来たんだと思うのだ。

死ぬ思いをしながら子供を二人育て上げ、生きることに楽しみを見出し、せっせと働き、ASD気味(孤立型と思われる。友達がいたことがない)の父親と真剣に対話をしながら力を合わせてやって来た。

常人じゃない。

 

なんか本当あの20代の、病気がやっと落ち着いて遅れて反抗期がやって来た頃の自分を叱ってやりたい。お前は何もわかっていないぞと。

 

多分、これは実際に自分が子供を儲けることがあったらさらに大きな思いになって私に降り注いで来るんだと思う。

 

今ならわかるぞ。

あんだけ「家事をしなさい」「手伝って頂戴」「自分を傷つけないで」「命を大事にして」と言われていたのには、全て意味があったんだって。

何も思わず、そんなことを言えるはずがないんだ。

 

あの鬼みたいに厳しくて、太陽みたいに明るくて、竹を割ったようにサバサバした母がいたから、今の私がいるんだ。月並みな台詞だけど、これしか言葉が見つからない。

 

あとでお母さんにこの文章読ますか。

 

 

なんか長くなった。

お母さん、育ててくれてありがとう。

 

 

読んでくださりありがとうございました。