優しさ12mg

疲れたら立ち止まろう。

優しさ12mg

冬めいてきた日の徒然

スポンサードリンク

無理して高いテンションを保つ必要はないよな、と思う。

人間っていうのはどうしても、自分で自分のパッケージというかキャラクター性を一度デザインしてしまうと、どうしてもそこからデザインリニューアルをすることを躊躇してしまうものなのかも知れない。いや、それはひょっとしたら私だけかもしれない。まぁそこのところはどうでもよくて、毎日の人間の生活っていうのは些細に違うことが起こっていて、些細にだけれど自分の中身も変わっていっていると思うんだ。いくらその時の自分のパッケージが好きで寄ってきた人が多かったとしても、中身に合わせてパッケージもアップデートしていかないといけないんだと思う。それができるかどうかが『嫌われる勇気』とか、そういったものにつながっていくのかも知れない。

それができないとどうなるか。

人間っていうのは中身とパッケージが乖離すると、どうなるか。だんだん中身が居心地悪くなって不快感が上がり、自分の価値が下がっていくんだろう。

もう少し上手に立ち回ることができたら、もう少し違う現在があるんだろうけど、たらればを語ってもどうしようもないのであり、私は私であるから今にこうして繋がっているわけだし、それは不毛な理論ってものだろう。私は過去に戻りたいとか、あの時ああしていたらという話が苦手、いや端的に言うと嫌いだ。私は自分に基本自信が無いが、今までの自分の人生上大きな選択肢での行動に関してはある程度肯定的だ。そうするしかないと思っていつだって選択してきた自負がある。まぁ、それが思考停止だとか短絡的感情的理論とか言われたら仕方ないけれど、もはや私はそこまで疑いだすと生命を保てないから、きっとそういう風に心を保っているんだと思う。

とりあえず今日はこういう雰囲気の文章を試験的につらつらと書いてみるけれど、まぁたまの道楽みたいな感覚で見てもらえればいいと思う。

 

冬めいてきた

日常的に愛用している薄手のマウンテンパーカーだと、そろそろ寒さを凌げなくなってきた。さて、そろそろコートを出そうかと物置部屋からコートを引っ張り出した。

試しに袖を通してみると、手首地点まで通った指先に乾いた嫌な感触。この感触は覚えがある。さっと袖から腕を抜いてコートを振ると、カメムシが二匹、ポトリ。辟易しながら、「ああ、こういう時は袖を通す前に振って、カメムシの有無を確認するものだったな」とか思い出す。

「今年は雪が多いかもしれないね」

「カメムシが多いし、木の葉の落ちが悪い」

「今年は雪が多いかもしれないね」

雪国の初冬は、職場でも家庭でもそんな降雪予測の話題が毎日といっていいほどの頻度でふと始まる。

今日も職場で漏れなくその話題が出ていた。私はその話を聞きながら、「気象庁よりその辺のおばちゃんの降雪予測の方が当たりますからね」なんて言って笑った。私の役割は大体こういう感じ。

最も正確な降雪予測は、カマキリの巣の高さであるが、今年は人間の目の届くところにカマキリの巣が見当たらないので、休憩を共にする先輩方はイマイチ予測が難航している様子だった。

カマキリやカメムシは、あの小さな体とちょっとした触覚でよほど人間より自然のうねりを理解している。むしろ何故人間はこんな大きな脳と多くの皮膚を持っているのに自然と相いれないのだろう。不思議だ。

 

明日は降るか、明日は降るか。

ここ数日そう言い続けているが、何故か中々雪は降らない。

明日は降るか?

 

以上、試験的な文章でした。

 

 

読んでくださりありがとうございました。